
ハイチには、木の柱の間に細い材を編み、そこへ土を塗って壁をつくる方法があります。クリサージュ(clissage)。ハイチ・クレオール語では klisay。
どこかで見たようなつくり方です。日本の昔の土壁も、柱の間に竹や木で小舞を組み、そこへ土を塗ります。材料も編み方も同じではありませんが、木の骨組みの間に下地をつくり、土で壁にする考え方はよく似ています。
農村では、普通の壁だった
クリサージュは珍しい建築物だけに使われた技術ではありません。1971年のハイチ国勢調査では、住宅の壁材として「クリサージュ+土」「クリサージュのみ」が、それぞれ独立した項目になっていました。調査員向けの説明書にも、農村部で広く見られる壁として登場します。
同じ木造骨組でも、板を張る家、小さな石を詰める家、クリサージュを使う家がありました。使える材料に合わせて壁をつくっていたようです。
ハイチの農村には、複数の家が中庭を囲む lakou(ラクー)という暮らしがあります。家の前には屋根のかかったギャラリーがあり、中庭では炊事や作業をする。古い住宅では、室内は主に寝る場所として使われた例もあります。小さな家一棟だけで暮らしが完結していたわけではありません。

木の家から、コンクリートの家へ
20世紀後半になると、こうした住宅は少しずつ減っていきます。屋根は草やヤシの葉からトタンへ。壁にはコンクリートブロックが増えました。2015年の地域計画資料には、伝統的な住宅が「貧しさ」と結びついて見られていたことも記されています。
新しい家はコンクリート。木の家は昔の家。森林減少による木材不足も重なり、農村の木造住宅は数を減らしていきました。その一方で、ハイチを描いた絵には小さな木の家が何度も登場します。暮らしたい家は変わっていくのに、ハイチの風景を描くと木の家が残る。
地震のあと、もう一度調べられた

2010年1月、ハイチを大地震が襲いました。多くの建物が倒壊するなかで、状態のよいクリサージュなどの伝統住宅が比較的よく残った例が確認されます。地震後には、住民がクリサージュを使って応急住居をつくったり、壊れた家を修理した記録も残っています。
ただ、クリサージュなら地震に強い、という話でもありません。2021年の地震では、伝統的な木造住宅にも大きな被害が出ました。古くなった木材、シロアリ、補修不足、使える木材や職人の減少。同じつくり方でも、建物の状態によって結果は変わります。

復興では、昔の家をそのまま戻すのではなく、木造骨組に筋交いを加え、接合部や基礎との固定を改良する方法が使われました。そして2025年版のハイチ国家建築基準には、充填材や外装材を伴う木造骨組住宅の規定が加わっています。
1971年には、国勢調査で壁材として数えられていたクリサージュ。一度はコンクリートの家に押されながら、そのつくり方は地震後にもう一度調べられ、新しい木造住宅へつながっています。
主な資料
- CIAT / Les Ateliers|Région des Palmes – document de contexte (2015)
- Joel F. Audefroy|Haiti: post-earthquake lessons learned from traditional construction
- Caimi et al.|Traditional and scientific knowledge for rural housing in Haiti
- IFRC / Shelter Projects|Haiti 2010 T-Shelter with clissage infill
- CIAT|Séisme du 14 août 2021 – observations sur le bâti traditionnel
- Miyamoto International et al.|Haiti earthquake 2021 damage assessment
- MTPTC|Code National du Bâtiment d'Haïti 2025
- IPUMS International|Haiti 1971 Census – Enumeration Form
- IPUMS International|Haiti 1971 Census – Enumerator Instructions
- 日本左官業組合連合会|素材と工法(木舞下地)
