
2019年、フィリピンのボホール島で、一軒の家が約500メートル先へ引っ越した。
運んだのは近所の人たち。家の床下に長い竹を通し、大勢で肩に担いだ。屋根も壁も、家ごとそのままの引っ越しだ。
そして2年後の2021年。今度はブラカン州で、家をトラックに積み込む光景が撮影された。写真には、何人もの人が家を持ち上げる姿が写っている。
どちらもフィリピンの伝統的な住まい「バハイ・クボ」。「バハイ」は家、「クボ」は小屋を意味する。名前のとおり、小さな家です。
家を運べる、そのつくり

小さな家でも、どうして丸ごと運べるのだろう。
骨組みは木や竹、壁には編んだ竹、屋根には植物の葉などを使う。軽い材料だからこそ、建物の大きさや状態によっては解体せずに運べる。
とはいえ、家一軒を動かすには相当な人手が必要です。
フィリピンには、地域で助け合う「バヤニハン」という考え方がある。大勢で家を担ぐ姿はその象徴。ボホール島でも、作業を終えると家主が手伝った人たちに食べ物や飲み物を振る舞ったという。
日本にも似た習慣がある。白川郷では、集落の人たちが協力して茅葺き屋根を葺き替える「結(ゆい)」が受け継がれてきた。
こういう共通点を見つけるのも、世界の家を調べる楽しさですね。
地面から離れた暮らし

バハイ・クボの写真をよく見ると、床が地面から離れている。木や竹のはしごを上がった先が、生活する場所だ。
では、なぜこんなに高くしているのだろう。
雨季の増水から暮らしを守るため。床下に風を通すため。そして床下は、道具の保管や家畜の飼育にも使われてきた。

家畜の飼育? 風通し?
調べてみると、竹の床に面白い仕組みがあった。割った竹を並べた床には細かな隙間が残り、そこから室内に風が入る。
さらに、食べ物のくずを隙間から落とし、床下の鶏や豚に食べさせる暮らし方もあったという。
日本の住宅では塞ぐことの多い床の隙間が、ここでは日々の暮らしに役立っていた。
時代の変化で屋根が変わる

写真を見ると、バハイ・クボの屋根はずいぶん大きい。伝統的にはニッパヤシの葉や草などを重ねて葺く。急な勾配で雨を流し、深い軒が強い日差しから壁や窓を守る。
植物を厚く葺いた屋根は熱を伝えにくいが、傷めば葺き替えが必要になる。
現在のフィリピンでは金属屋根が主流だ。2020年の国勢調査では、居住中の住宅の85.9%が金属屋根で、ニッパヤシや草などの屋根は4.7%。バハイ・クボだけの数字ではない。
金属屋根は長持ちし、手入れがしやすい一方、強い日差しで熱くなりやすい。長持ちすること、涼しく過ごせること、そして価格。何を優先するかで建材が変わるのは、どこの国でも同じですね。
石の家になっても、木の部屋に住む

少し時代をさかのぼると、スペイン統治期には「バハイ・ナ・バト」という住宅が発達していた。
名前は「石の家」。石やれんがの地上階に、木造の居住階を載せた形式が知られている。
バハイ・クボに比べると、ずいぶん大きく重い。それでも、人々が暮らす場所は地面より高い位置にあった。
バハイ・クボは、フィリピンで親しまれている歌のタイトルにもなっている。
歌われているのは家の構造よりも、その周りで育つ野菜たち。ナス、カボチャ、豆、ショウガ……。
小さな家の歌なのに、庭の野菜が次々と登場する。
家は暮らしなんだなと、改めて思った。
主な資料
- フィリピン国家文化芸術委員会|History of Philippine Architecture
- フィリピン社会福祉開発省|Small problems, big heroes: Community Organizing in Magdiwang, Romblon
- UNESCO|Historic Town of Vigan nomination dossier
- 写真出典|バハイ・クボの移動 24
- 写真出典|バハイ・クボの移動 13
- 写真出典|ラグナ州のニッパ・ハット
- 写真出典|バハイ・クボと竹のはしご 23
- 写真出典|バハイ・クボと竹材 10
- 写真出典|バハイ・ナ・バト
- Bohol Island News|2019年6月の家の移動実例
- フィリピン統計庁|2020年国勢調査・住宅の屋根材
- 国土交通省|白川郷の結(ゆい)
- タガログ語資料|Bahay Kuboの民謡
- タガログ語資料|kubo(小屋)の意味
